インタビュー

管理職の大変さ、時には深夜まで働くことも!? 第6回-3

2021年12月13日

合同会社World AI 代表取締役 前田 憲一郎 様

1987年生まれ、福岡県出身。神奈川大学中退。大学まで野球部に所属。

2010年に不動産業の株式会社アイランドに入社し、マンションの営業販売、海外不動産営業、支店長などを歴任し、約10年間勤務する。

2020年に合同会社World AIを起業し、CEOに就任する。

現在は『世界で活躍出来る人材を輩出し続ける』というミッションを掲げ、フィリピン・パラワン島でのオフラインのプラットフォーム構築事業や

海外不動産の投資事業の展開やフィリピンの投資情報サイトA-REIT LABOの運営をしている。

前回までのインタビュー

大学を中退し、不動産業界に飛び込む 第6回-1

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緻密な戦略と高いモチベーションで昇進 第6回-2

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かなり自分から積極的に行動されるタイプだったのですね!
プロジェクトマネージャーというのはどういったことをする役職なのでしょうか?

簡単に言えば営業所のマネージャーみたいなものですかね。

営業所が各地にあるのですが、各営業所で営業方法や戦略が異なります。

当時は26歳くらいだったと思いますが、私がスタッフ配置や広告デザインなどすべてのマネージメントをしなければならなかったので、

今までの営業業務とは違ったので本当に大変でしたね。(笑)

マネージャーになってどういった業務に1番苦労されましたか?

やはり全体を見なければならないということが1番大変でしたね。

というのも今までは自分の営業成績を上げるために自分自身の事だけを考えていれば良かったのですが、

マネージャーになるとそういうわけもいかず各営業スタッフすべての成績やどういう営業をしているのか、

悩みがないか等把握しなければならないし、またスタッフが気持ちよく働くことが出来る環境づくりも考える必要もありました。

また営業所は9時から20時まで営業していましたし、お客様も仕事終わりに来場したりするので20時終わらないことも多々ありました。

営業中はなかなかデスクワークなども出来なかったので、今はその様な事はないと思いますが、当時は帰宅するのが深夜になることもよくありました。

もちろんそういった状況下でも売り上げを上げているマネージャーはいたので、

営業後に先輩マネージャーを訪問し勉強させてもらったりしながら、仕事をいかに効率よく出来るか等を常に考えていました。

その結果、私の営業所の営業成績はトップとは言いませんが常に上位には入っていました。

いつ頃から海外不動産案件に関わることになったのでしょうか?

入社して7年目だったと思います。

自社で開発した物件などの販売業務を担当していました。

海外不動産に関わるようになり、代表と月に1回フィリピンに行き現地関係者と打合せをするという日々を送りました。

なぜフィリピンという国で事業展開をしようと思ったのですか?

これはですね 前職代表は実はフィリピンのセブ島に2015年頃に1年間語学留学をしていたことがあり、ものすごくポテンシャルを感じたそうです。

当時のフィリピンはまだ貧しい国だったはずなのに、人には温かみや活気があり昔の日本の様な雰囲気があったと代表から聞きました。

留学中に現地の不動産業界の方と頻繁に会い情報収集しながらネットワークを広げていっていたみたいですね(笑)

要は不動産業なのに人に注目して進出を決めたのです。

フィリピンに進出したのが2013年で当時国の総人口の平均年齢23歳だったらしく、インフラも整っていないこの国は将来伸びていく可能性が十分にありました。

また現地にはまだ日本のデベロッパーなども少なく、仲介役のブローカーばかりだったので、自社で開発・運営を行うことで、多くのフィリピン人の雇用も生み出せると考えていました。

スペシャルインタビューは全4回

大学を中退し、不動産業界に飛び込む 第6回-1

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緻密な戦略と高いモチベーションで昇進 第6回-2

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管理職の大変さ、時には深夜まで働くことも!? 第6回-3

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相手の立場になって考える、役職は飾りだ 第6回-4

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